ジュニパー(ネズの木)

グリム童話の「ネズの木の話」は、義母に理不尽に殺された男の子が、ネズの木から生まれた鳥になって、義母を殺害するという残酷な話である。男の子がジュニパー(Juniperus communis)から鳥に生まれ変わったのは、この木の持つ象徴的な意味があったからに違いない。

ヒノキ科ビャクシン属であるジュニパーの仲間は約50種あり北半球の北緯30度付近までの寒い地域に広く分布する。銀杏と同じように、雄花と雌花は別々の木に咲き、風を利用して受粉する雌雄異体(しゆういたい)である。先端が鋭く尖った針葉と丸い鱗片葉(りんぺんよう)の2種類の葉がつく。地を這うような薮を形成したり、ほとんどは低木であるが、ねじれながら伸びる幹の高さが10mに達するものもある。

この木のもつ一番の特徴はその香りである。木そのものは檜に似た爽快な香りを放ち、その実からはアロマオイルがつくられる。英国のリキュール、ジンは雌木の実(ジュニパーベリー)で香りをつけたものである。ジンという名前はオランダ語でJuniperを意味するgeneverから名付けられた。フィンランドの地ビール、サハティをつくるのにも欠かせない。チベット仏教の寺院でつくられるラウド香にも、ジュニパーの葉と実が含まれる。

北欧では殺菌作用があることからバターナイフやカトラリーに使用される。ラトビアの市場で見つけたバターナイフやスプーンの多くがこの木でつくられていた。カペラゴーデンで年明けの最初のしごととして、全員で行ったワークショップで削りだしたバターナイフもジュニパーの木だった。削るたびに香ってきたさわやかな匂いが忘れられない。

日本では尖った葉っぱをネズミ除けに使用したことから、ネズミサシとよばれる。盆栽の世界で欠かすことのできない日本や中国、韓国の杜松(Juniperus rigida)も同じ仲間である。万葉集で「磯のむろの木」と歌われたむろの木は杜松(ネズ)のことで、岩の多い海辺にてっぺんが尖った樹幹で、ねじれて立っている姿を想像する。

アメリカ先住民のナバホ族は糖尿病の治療にジュニパーの実を使った。ヨーロッパでも、痛風やリュウマチの薬として用いられ、フランスの病院では20世紀の初めまで、ジュニパーの小枝を焚いて病棟の浄化をしていた。汗や尿の分泌を促し、老廃物を排出させる働きがあるのでハーブティーとしても飲まれる。病気を直したり、菌を殺したり、悪いものを正すような強力な力をジュニパーは持っているのである。

文/絵・清水 徹
2013.8.20